いつまでも乙女なママのハッピーいばら道

アメリカ在住・バツ2・子ども3人・どん底から浮かび上がって現在婚約中・世界一幸せです

ジョン・ルイス米公民権運動指導者死す

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本にサインをするアメリカ民主党下院議員 ジョン・ルイスの手

 

今週末は、いきなり悲しいニュースが入ってきました。

 

土曜日はいつもダーリンがお休みなので、夜遅くまでズームでヴィデオチャットしていたのですが、切ったと思ったら突然、オフィスの同僚からこんな投稿がありました。

 

RIP ジョン・ルイス。

 

えぇー?

マジで?

 

 

ジョン・ルイスとは一体誰?

ジョン・ルイスとは、アメリカのジョージア州アトランタ地区の下院議員で、トランプ政権になったアメリカ政府への批判に大きな声を上げていた政治家でもあり2017年1月の大統領就任式をボイコットした民主党議員の一人でもあります。

 

そのために、日本はそれほど知られていなかったジョン・ルイス下院議員でしたが、最近は日本の新聞に出ていたりもしましたよね?

 

でも、元々は、ジョン・ルイスと言ったら、アメリカの公民権運動のリーダーの一人として有名な活動家だったんですね。

 

公民権運動って?

公民権運動とは、ウィキピデイアにも詳しいことが以下のように載っています。

 

アフリカ系アメリカ人公民権運動(あふりかけいあめりかじんこうみんけんうんどう、African-American Civil Rights Movement)とは、主に1950年代から1960年代にかけて、アメリカの黒人(アフリカ系アメリカ人)が、公民権の適用と人種差別の解消を求めて行った大衆運動である。

 

現在も、ジョージ・フロイドの死によって引き起こった「BLM」こと「ブラックライブスマター(Black Lives Matter)」の黒人差別反対運動が、大きく社会で広がっていますが、アメリカでの最初の起りは、この公民権運動から始まっているようです。

 

アメリカには黒人の奴隷制度があり、それゆえ、南北戦争も引き起こっているわけですが、その辺のアメリカの歴史は、最近になるまで私も知りませんでした。

 

それが今から6年前の2014年に私の職場で、1963年8月28日にワシントンD.C.で行われた人種差別撤廃を求めるデモだった「ワシントン大行進」を再現しよう、というイベントが企画され、その時にマーチン・ルーサー・キングジュニア牧師たちと一緒にワシントンを行進したと言われる公民権運動のリーダー的存在だったビッグシックスの一人と言われたジョン・ルイス下院議員がアトランタより招待ゲストとして招かれることになったんですね。

 

みんなが、ジョン・ルイスが来る!とざわざわしている時に私はカメラマンとして彼と一緒に行動をすることを任されたのですが、一体、その人って誰?

 

という感じでした。

 

ビッグシックスというのは、当時マーチン・ルーサー・キングジュニア牧師と一緒に公民権活動を導いていた6人の指導者(活動家)たちのことです。

 

www.greelane.com

 

キング牧師は中でも有名で、「I have a dream...」と始まるスピーチは有名ですが、そのスピーチをしたのが、1963年のワシントン大行進の後の集会で、と言うことです。

 

そういうことはなんとなくは知ってはいましたが、ジョン・ルイスがどのぐらいすごいのかなどは、アメリカの歴史について詳しくない私は、この職場でのイベント企画がなかったら、知ることはなかったように思います。

 

ジョン・ルイスは、当時のビッグシックスとしては一番の若手だったので、5人が既に亡くなっていた後も「ビッグシックス最後の生き残り」として、精力的に活動を続けていたようです。

 

膵臓癌だった

特に、昨年に膵臓癌を公表してからも治療で影を潜めることなく、最近の「ブラックライブスマター」の動きの中でも、最後まで諦めずにソーシャルミディアを通して発言を行っていました。

 

6年前も、70歳代でしたが、とってもお元気で、ワッフルチキンなどという南部独特の脂っこいものが大好きなようでした(2日連チャンで朝晩食べていた)。

 

膵臓癌になってからというもの、FBを見ていても随分と痩せたな、という印象があります。病気との闘いは、今までの人生では味わったことがないものだったようで、以下のようにコメントしています。

 

私は人生のほぼすべてにわたって、自由や平等、基本的人権などのための何かしらの闘いの中にいた。(だが)今直面しているような闘いは経験がない
https://www.afpbb.com/articles/-/3261681
より引用

 

2014年にルイスと一緒に行進した私

このイベントは、ジョン・ルイスがアンドリュー・エイディンという若い作家(写真最右)と一緒に共同制作した「March:Book One」というグラフィックノベルの出版記念件ニューヨークタイムズでのベストセラーリストに載ったことを祝う企画として行われました。

 

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スタッフフォトグラファーとして一緒に手をつないで行進しました

 

このグラフィックノベルは、その後2018年に日本でも「非暴力の闘い」というタイトルで翻訳されています。

 

以下は日本のアマゾンからの引用です。

 

バラク・オバマの大統領就任式の日、ジョン・ルイス下院議員は、これまでの道のりを振り返っていた。それは長い長い闘いの歴史だった。アラバマ州の片田舎で育った少年時代、人生を変えたキング牧師との出会い、ナッシュビル学生運動の誕生、そしてランチ・カウンターでの座り込み…。南部の農場で生まれ育った少年が、いかにして差別に対抗する非暴力の手法を学び、運動に身を投じるようになったのか。公民権運動の闘士、ジョン・ルイスの半生を追いながら、人種隔離が法によって定められていた時代から、現代までの長い道のりを鮮明に描き出す。自伝であると同時に、公民権運動の流れを当事者の目線でふりかえった、傑作グラフィック・ノベル第一弾。ニューヨーク・タイムズ・ベストセラー・リスト第1位、コレッタ・スコット・キング賞オナーブック、全米図書館協会が選ぶ“ティーン向け優秀グラフィック・ノベル・トップ10”。

 

グラフィックノベルと呼ばれるマンガのようなフォーマットで発表されたのは、公民権運動をもっと若いティーンネイジャーに向けて広めるためです。

 

発売と同時にベストセラーになり、話題となっていました。

 

私が務める市も住民に多くの黒人がいるために、「ワシントン大行進」を蘇らせることは大切だと言うことでこの本のプロモートと一緒に街をみんなで行進する、という企画が行われたわけです。

 

写真撮影の為に、ルイス氏にぴったりとくっついて、行進しましたが、怖い顔の割にはとっても優しくて、とっても面白い「おじいちゃん」という感じの人でした。

 

アメリカの人種差別の背景では、アジア人はどうしても蚊帳の外になり「透明人間」となってしまいがちなのですが、そういう私の質問にも真面目に答えてくれたんですよ。

 

「ルイスさん、アメリカで白人と黒人が対立している時、アジア人としてはどうしたらいいか、わからない時があるんですよね」

 

「アメリカの人種差別は白人と黒人に限ったことではありません。アジア人だって僕たちと一緒に戦ってください。肌の色は、グリーンだろうが赤だろうが、ブルーだろうが、関係ないんですよ」

 

と言うことです。

 

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実際にはとっても楽しいイベントとなりました

 

モデルマイノリティーと名誉白人

差別をされたことがないと感じている多くの(鈍感な)日本人にとってはわかりにくいと思うのですが、「マイノリティー(少数派)」として白人優位社会であるアメリカで生きていくということは、時にはとてもむずかしいと感じます。

 

日本人は特に「モデルマイノリティー」と呼ばれる枠に属することが多く、本来ならマイノリティーとして差別される側にいるべきアジア人の中でも「比較的好意的」に思われている部類のカテゴリーに入るのです。

 

それは、日本人が人畜無害で大人しい民族であることもあるのですが、日本人は頭も良くてアメリカに利益をもたらすビジネスや文化を運んできてくれるからだと言われています。

 

そういうことから、白人と黒人が対立している時には、日本人はどうしても「白人側」にみなされる傾向にあるし、日本人自体もそういうメンタリティーになってしまう場合が多く、そういうのは実際に「名誉白人」と呼ばれます(または、外は黄色いのに中身は白い「イエローバナナ」ですね。*ブラックジョークですのであまり使わない方がいいです)。

 

今回の黒人差別反対運動では、ジョージ・フロイドを殺害した警察官の中にアジア人警察官がいたことにより、アジア人コミュニティーもざわついた次第です。

 

もっと私たちも人種差別反対の声を上げよう、という人と今までのように「名誉白人」として差別を感じない人たちと、二分されたように思います。

 

これから私たちができること

ジョン・ルイスの死は、個人的にとっても悲しいことですが、悲しんでいるだけではいけないんだな、と強く思いました。

 

これからもっと社会を変えていくためには、彼の意思を引き継いで、私たちが諦めずに頑張っていかないといけないのですね。

 

私たち一人一人の人間はそれぞれが生きやすい社会を求める権利があると同様、人々があらゆる角度から幸せに暮らせる場所を作っていく義務があるのだと思います。

 

ジョン・ルイスは、私たちのためにそういうところでずっと闘ってきてくれていたんですね。

 

残された私たちは生き続けないといけない、と感じました。

 

ご冥福をお祈りします。

 

Rest in Peace, Congressman Lewis.